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風化カルシウムを召し上がった方の体験談


●骨粗鬆症と圧迫骨折からくる膝の痛みが改善

青森県 田中テル 71歳

二十年くらい前から骨粗鬆症と圧迫骨折で膝が痛み、長く歩くことができません。ちょっと歩いては立ち止まり膝をさすって、「どこか休めるところはないか」と探すようなあり様でした。ですから、外出するのもやっとの思いでした。家で寝ていても、足を曲げるときには手を添えて静かに曲げないと激痛が走ります。また、足の先がテーブルなどに少しぶつかっても膝に響いて痛くて痛くて仕方ありませんでした。
それで毎週、整形の病院で痛み止めの注射をうってもらいましたが、これといった効果はありませんでした。
そのうちに少しでも楽になればと思い立ち、薬局でいろいろなカルシウム剤を買ってきては一生懸命に飲んでみましたが、どれを飲んでもいっこうによくはなりません。「もう年だから仕方がない」と諦めかけていました。
私がはじめて風化カルシウムを知ったのはそんな苦しい状況に置かれているときでした。それでも最初は「どのカルシウムを食べても変わらないだろう」と思いましたが、少しでもよくなるのならと思い直して一日に40粒を食べはじめました。
それが1ヶ月くらいつづいたある日、それまでならば洋式便器に座るのにかならず手で支えないと座れなかったのに、手を使わなくても座れるようになっていたのです。「膝に力が入るようになった」と感じました。これはもしかしたら私の体に合っているかもしれないと希望が湧いてきて、さらに飲み続けていると、三ヶ月たつころにはすっかり体調がよくなっていました。
その後は、「年の数くらいとったほうがよい」という話を聞いて一日70粒にしました。すると今度は、膝がうそのように軽くなってきてびっくりしました。今まで休み休みに歩いていたのに、どんどん歩けるのです。夜、寝ているときに布団の中で膝を曲げても痛みがありません。うれしい限りです。面白いやら嬉しいやらで、ほんとうに救われた思い出で一杯でした。
友人からも「歩き方が変わった」とか「速く歩けるようになった」とかいわれます。じつは圧迫骨折と膝の手術をした友人がいて、「私も手術しようかどうか」迷っていたのですが、風化カルシウムを食べてよくなったので「手術しなくてよかった」とホッとしています。
川村先生には三回ほど治療していただきましたが、いっしょに連れていった娘が先生から「今のままだと、そのうち病気の問屋のようになる」といわれ、それ以来、年の数だけ風化カルシウムを食べています。それからは体調もいいようです。
私のほうは、先生から「すっかり骨も丈夫になっています。もう一日に60粒くらいでもいいですよ」といわれましたが、これからもしばらく一日90粒をつづけていこうと思っています。


●糖尿病が劇的に改善

東京都 柳沢 猛 39歳

二十七歳のときに、あまりに頭が痛くてどうしようもなくなり、病院で診てもらったことがあります。結果は、血糖値が770もある糖尿病でした。「よくいままで大丈夫でしたね。すぐ入院してください」といわれ、そのまま入院しました。ちょうど新しい仕事をはじめた時期で、プレッシャーやストレスの影響も大きかったのだと思います。
小さいころから体は弱かったのですが、健康には無頓着で糖尿病がどういう病気かも知りませんでした。ですから、のどが渇いて仕様がなくなると缶コーヒーやジュースなど甘いものを頻繁に飲んでいたのもよくなかったようです。また、とくに午前中は頭が重くて動けないほどで、おしっこも頻繁にありました。
以前は58キロあった体重が糖尿病になってからは48キロまで落ちてしまいました。糖尿病になる前から腎臓が悪くタンパクが尿からでていて痩せていましたが、ますます痩せてしまいました。こうしたことで、やがて会社も辞めざるを得ませんでした。
そんななかで元の会社の知り合いの紹介で風化カルシウムをしりました。糖尿病になってからは健康に関心をもっていたので、カルシウムの重要性については本などで知っていました。それで、ものは試しと九十五年一月に食べはじめて一瓶食べ終わったところで、川村先生の治療を受けました。
先生の話では、私の骨は透けて見えるほどスカスカになっており、おそらく古い傷が原因で骨盤の左側にヒビが入っているということでした。また川村先生からは「お腹に 血症状があります」といわれました。
風化カルシウムといっしょに百年茶やベジタライフなど先生から紹介されたものをいっしょに試してみることになりました。それらをしばらく食べていると、まず体調がどんどん改善されていくのがわかりました。そして、インシュリンの自己注射をしていたのですが、その単位が血糖値が下がってきて16単位から14単位にまで下がりました。一年ほどたったころには頭がスッキリして体の動きも随分よくなりました。
再び川村先生を訪ねたところ、「骨盤にカルシウムが入っていて、ヒビが改善しています」といわれ、「もっと多く食べると耳もよくなりますよ」といわれて、風化カルシウムを食べるペースを二倍にしました。
それがよかったのかインシュリン注射の単位が四ヶ月目に12単位になり、さらに二ヶ月たつと10単位になり、もう一ヶ月後には8単位にまで下がっていました。体調はますますよくなり、かかりつけの医師からは「考えられないことですが頑張ってください」と激励されました。
「8単位が限界かな」とも思ったのですが、思い切って今年の五月からはインシュリンの注射を止めています。病院には定期的に通って検診してもらっていますが、川村先生が「カルシウムがないと膵臓からインシュリンがでなくなるので、カルシウムを補給したらいい」といわれたように、私の膵臓が働きはじめてインシュリンを出すようになったのだろうと思います。
インシュリンの注射をうちはじめたときは「もう注射は一生止められないだろう」と思いましたが、止めることができて夢のようです。これからも風化カルシウムを欠かさずつづけていこうと思っています。


●親子三代で愛用、血液型不適合の方にも勧めたい

栃木県 田辺則子 55歳

私は三十六歳のときに胆石の手術をしたことがありますが、それ以来、さまざまな病気にかかりました。四十歳のときには子宮筋腫と卵巣ノウ腫で子宮などを全部取ってしまい、四十六歳のときには直腸ポリープを一ヶ月おきに二回取っています。このポリープを取ったときから背中が痛くて「三時間しか眠れない」夜がつづきました。横になっても何やら重苦しいのです。
そんなときに昔の友人からの紹介で風化カルシウムに出合いました。勉強会にも参加してさっそく風化カルシウムをたべはじめました。目が充血していて飛蚊症もあったのですが、しばらくすると目の充血がなくなり飛蚊症も気にならないまでになりました。
最初の一年くらいは風化カルシウムを一日90粒くらい食べましたが、そのお陰か川村先生からは「二十代の骨ですね。カルシウムはほんとうに得だね」とほめていただきました。それでも食べはじめてから半年くらいたったころに首から上に湿疹が出てきました。「これはメンケン反応だろう」と思って風化カルシウムをたべつづけていると、それから7ヶ月くらいでなくなりました。
いまは体調がうそのようによくて病気にかかることもほとんどありません。「どれだけ体力的に耐えられるか挑戦してみよう」と思い、水と風化カルシウム、緑黄色野菜のサラダなどだけ食べながら、毎日朝晩、体操に通ったり真夏の日中の暑い最中に歩き回ったりしてみました。
すると不思議なことに、ふだんでも疲れてよく昼寝をするくらいなのに、風化カルシウムを食べていると驚くほど疲れが取れることを実感できました。
六十一歳になる私の夫も風化カルシウムを食べはじめてからは病気をしていません。もともと首から肩、腕にかけてシビレがあり、首の牽引療法を整形外科でやってもらっていたのですが、それも風化カルシウムを食べはじめてからは牽引しなくてもよくなりました。
また、腸が弱くて食事をした後はかならずトイレにいくほどであり、歯肉が弱くていつも歯茎から血がにじんでいるような状態で年中歯を磨いていました。こうしたことも風化カルシウムを食べるようになってからは改善してしまったのです。
それまで私は「男の人はカルシウム不足にはならないだろう」と思っていたのですが、それはまちがっていたようです。このことを知っていたならもう少し早く夫にも風化カルシウムを勧めていたのに残念でした。
主人は胃腸が弱かったので内科の病院にかかっていましたが、母親がガンで亡くなっていたこともあってガン体質のことを随分気にしていました。それが二年前に川村先生にお会いしてからコロッと変わりました。
それまでは私に勧められて食べていたのに、自分から一生懸命食べだしたのです。いまでは健康に自信がついたのか、「ガン保険ももったいないから」と解約してしまいました。
三人の孫たちも風化カルシウムを愛用しています。孫たちはRh因子の影響もあったのか、みんな血液型不適合で生まれました。その影響もあるのだと思いますが、上の子はアトピーがひどくて困っていました。
 二番目の男の子も血液型不適合ということはわかっていましたので、妊娠九ヶ月目に娘に風化カルシウムを食べさせました。すると、普通ならば最初の子どもより二番目の子どもに黄疸などが強く出るはずなのに、そういうこともなく無事出産できました。
この二番目の子にはアトピーが少し出ましたが、風化カルシウムを飲んでいるお陰で体格は立派なものです。
 三番目の女の子はすでに二歳になるますが、母親がすでに風化カルシウムをたべていましたのでアトピーにもなりませんでした。娘も風化カルシウムを食べてから「お産が楽になった」と驚いていました。ご夫婦で血液型不適合といわれた方がいたらぜひ、風化カルシウムを飲んでほしいと思います。


●子宮筋腫が消えた

東京都 野原美津子 44歳

平成二年のお正月早々にお腹が痛いので、念のために三つの病院で診断してもらったところ、どれも子宮筋腫という結果になりました。8.5cmから9cmの大きな筋腫でした。
お医者さんは「手術しなければいけない」というのですが、私はできれば手術だけはしたくありません。
そこで主人が川村先生に相談してくれて、一月の中旬から風化カルシウムを食べはじめました。一日に90粒から100粒くらいを柿酢といっしょに食べました。
川村先生のお話では「腰椎の三番目と四番目、とくに三番目がポコッとずれているのが原因でしょう」ということで整体の治療も受けました。こうしながら毎月一回病院で検査を受けていましたが、その年の四月には「筋腫がピンポン玉くらいまでに小さくなった」といわれました。それで喜んで食べつづけていますと、十月ころには消えてしまったのです。それ以降は再発もありませんし、元気に過ごしています。
いまは、中学二年生になる息子も含めて一家全員で愛用しております。


●脳梗塞による半身不随の妻が元気に

北海道 田畑  厳  69歳

私たち夫婦の共通の趣味といえるものは、唯一、旅行ぐらいでした。とくに二人の娘が結婚して私たちの元を離れ、長かった共働きの生活にピリオドをうってからは、日本各地を訪ね歩いていました。
ところが平成二年の夏、これまで健康だけが取り柄だった妻が脳梗塞で突然倒れ、左半身不随で不自由な体になってしまいました。
この種の病気には必ず何らかの前ぶれがあるものですが、本人の健康に関する過信と、病気に対する無知がこのような状態を招いたものと思います。
担当医師から「左半身に機能障害が残ると思います」といわれたときには目の前が真っ暗になったのを記憶しています。
原因は「糖尿病」からの合併症らしく、血圧は常時上が二〇〇、下が一〇〇前後と高く、血糖値は一八〇〜二五〇くらいで、三年間ほど不安定な状態がつづきました。何の因果で・・・と暗い気持ちの毎日を送っていました。
そのような不遇をなかばあきらめかけていたとき、友人から紹介されたのが風化カルシウムです。さっそく食べはじめましたが、それでも最初の一年間はこれといった顕著な効果はありませんでした。
ところが、二年目になったころから病状が安定し、主治医からは「血圧も血糖値も安定しています」と驚かれるほどに改善していきました。さすがに主治医には風化カルシウムのお陰とはいえませんでした。
とても調子がよいので主治医から保証をいただいて、孫たちと常夏のワイキキの浜に行き、久しぶりに夫婦で楽しいバカンスを楽しむことができました。
これからも風化カルシウムを愛用していきたいと思っています。
  

●義母の更年期障害が劇的に改善

秋田県 鈴木優子 54歳

以前からカルシウム不足が気になっていたので、友人から風化カルシウムを紹介されるとすぐ使いはじめました。また、七十三歳の義父が肺癌で亡くなったとき、火葬場で見た義父の骨の左足が付け根から先までほとんど残らなかったことにショックを受けました。生前から義父が骨粗鬆症で全身の骨がスカスカになり寝たきりの状態だったのです。つくづく「カルシウム不足の恐ろしさ」を実感させられました。
この義父を看病してきた義母は昔から更年期障害がひどく、かかりつけの病院で自律神経失調症と診断されていました。そのうえに看病疲れもたまっていたのだと思いますが、足や腰が痛み、そばで見ていてもフラフラ揺れて歩くほどで「足が地につかない」と訴えていました。肌の色も赤紫色になり、ひどいかゆみもあって友達と好きな温泉にも行けませんでした。
川村先生の治療を受けると「お母さんの骨は弱っていて、骨折すると寝たきりになってしまうよ。」といわれました。そこで先生の勧めで四十日間、柿酢と風化カルシウムを一日90粒、三回に分けてとりはじめました。こうして四十日が過ぎ、さらに十日ほどたったころのことです。義母の体のかゆみがとれて、足取りもしっかりしてきました。便秘や持病の高血圧も治り、肌もスベスベになりました。お陰でかかりつけの病院の薬も飲まなくてすむようになりました。
私は、夜眠るときに両手の指先を握ると痛いし右肘にも痛みがありました。孫たち都」同居しているのですが、10キロ以上ある孫をダッコしたのがこたえたようで後ろに手が回せないほど痛み、声までかすれてきました。
川村先生によれば「頸椎が狭くなっているので、喉に症状がでるのでしょう」ということでした。そこで私も柿酢と風化カルシウムを一日90粒とることにしましたが、すっかり痛みがとれてホッとしています。
いまでは夫や孫を含めて一家七人、みな風化カルシウムのお世話になっています。